• 秋月 偲希

日常の並行世界

田舎への憧れがある。 夏休み明け、クラスの大半が真っ黒こげとなり、 どんな休みを過ごしたかで盛り上がっている。 「おじいちゃん家の近くが海でさー、」 「親戚のね、お姉ちゃんとね、」 多くの友達が田舎というものを持っていた。 私はというと、そういうものがなく、 お盆休みはつまらなそうに過ごしていた。 大人になった今でも変わらない。 どうしてか、お盆休みと言われてもワクワクしないのだ。 大人の夏休みかー。とぼんやり考え、いつも以上にだらけた生活を送っていた。 そんな私を見かねてか、友人が声をかけてくれた。 「夏休みしよっか」 はて? 絵にかいたように首をかしげていた。 友人5人、大きな車に乗りこみ 「夏休み」をしに目的地に向かう。 どちらかというと都会で育ってきた私。 見える景色はコンクリートと薄汚れた空。 車を走らせるにつれて、空の面積が増え、透明度も増してくる。 気温40度近くのなか、車の窓を全開にし、なまぬるい風を思いっきり吸い込む。 決して心地いいもんではなかったし、エアコンがきかないと怒られ すぐに閉めるように注意されたが、「夏休み」の入り口を味わえた気がした。 「この小道を上がると着くから」と言われ、なぜか一度車から降ろされた。 外に出ると、くねくねとした山に続く上り坂があった。 どこにも建物らしきものは見当たらない。 きょろきょろとあたりをみてみた。 後ろをガタンゴトン、いつもより短い電車が走りぬける。 げろげろぐわっぐわ、ミーンミーン。生き物たちの大声選手権に耳をすます。 じりじりとうだるような暑さ、肌が痛い。 「もういこうよ」と振り向くと4人はもう車の中だった。 目に見えるような大きなため息を思いっきり吐きながら車に乗り込んだ。 「よし、行けそうだな。もう着くから」 もう着くって、なにもなかったけど?と言いたかったが、ご機嫌ななめスイッチを 入れてしまったから、素直に聞けなかった。 「つかまって!」 車が急発進しだした。車のつり革みたいなやつを探し、腕と肩に力をいれて身体を支えた。 くねくねとした道を行ってはいけないスピードで進んでいく。 田んぼばかりでぶつかるとこはないが、危険すぎる。 何か地面と金属が擦れる音がする。ガタガタと振動も大きい。 前をみると窓からの景色が左に傾いてみえる。 あれ、これ溝に落ちてるんじゃ… 頭によぎった瞬間、一瞬宙に浮いた。一回転しだしたのだ。 ぎゅっと目を瞑り、終わりを待った。 とても静かだった。静けさが全身に纏わりついていた。 ブォンブォン、エンジン音が静けさを消し去った。 え、と驚き、目をあけた。さっきまでの何もない景色に家があり、村ができていた。 「着いたよ」と車を停めた場所は月日がだいぶ経ってるであろう民家の前だった。 インターホンがない玄関にたどり着いた。 「こんにちはー」インターホン変わりの挨拶で、こっちに向かってくる足音が聞こえた。 足音が大きくなり、カランコロンと靴を履く音が聞こえる。扉が開く。 「まぁ、ようこそいらっしゃいました」と可愛らしいおばあちゃんが声をかけてくれる。 全開になった扉の奥から、これまた可愛らしいおじいちゃんが「やぁ」 初めて訪れて、初めて会った人なのに、どうしてか懐かしさを感じる。 心の中にある田舎が丸々、実体化したようだった。 迎え入れられお家にはいる。そっと「ただいま」と言って、笑ってしまった。 他の4人は大声で「ただいまー」と言っていたから。 帰る場所があるというだけで、ただただ嬉しくなる。 ほっとする空間、得体知れない空間、なんだか優しい空間。 いつもは来れない、この場所で今年の暑い夏を乗り切る。温かさをしっかりと感じながら。 私も負けじと声を大きくして言ってみた。「ただいまーっ」と。 可愛らしいおじいちゃんとおばあちゃんはにっこり微笑み、「おかえり」と言った。